我流かもしれないMTB整備と林道ツーリング

林道ツーリングとMTB・ロードバイク整備の個性的な日記です

台湾・高雄市をサイクリング

2014-05-03
Top Page林道ツーリング、サイクリング海外
走行日 2014年4月10日



現在、台湾の首都は台北であるが、第二次世界大戦直後までは高雄が首都であった。

高雄は台湾第2位の商業都市で、天津条約 によって1864年に対外開港された世界有数の港湾都市である。

今回は1日で高雄市を南北に広くサイクリングしたのでお伝えしようと思う。

高雄で滞在したのは、市の中心部に位置する華王大飯店
http://www.hotelkingdom.com.tw/jp/about.php

ホテルのレンタサイクルは無料でなく1時間毎・30元であった。
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6段変速機付きのママチャリ。
DSC00780_20140416063550a9a.jpg
変速機ダイヤル付近の部品は欠損してむき出しになっている。
シフトワイヤーは伸びており、
4 → 3 に変速する時は、3を超えて、少し2寄りに回さないと変速せず、
微妙なタッチが要求された。



今日の目的地は市の北部にある台湾糖業博物館。
華王大飯店から直線で15キロ。
日本統治時代に建てられた製糖工場が廃業して博物館化している。
敷地内には日本式建築物も残っており、特にその建物に惹かれてしまった。

ホテルを出発し市の中心部を避け、北西側を沿うように走っていく。
DSC00760_201404162121526ed.jpg
台湾の市街地の道路は舗装されているが、日本ほど超フラットではない。
この写真では表現しづらいが、全体に大きく波を打っており、継ぎ足しなど補修個所も多い。
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予算がないのか、建築技術が低いのかは不明だが、
日本と同レベルの快適なロードバイクのツーリングは無理だろう。 結構、首、肩が凝るんじゃないか。
29インチMTB が一番合うんじゃないかな。(笑)



途中、ドブ川で色鮮やかな魚を発見! 4倍ズーム(35ミリ換算100ミリ)で精一杯拡大した。
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大きさは約25センチ。
尾びれ、背びれ、胸びれの先端部が赤色。 胴体、頭部はエメラルドグリーン色。
地元では下手物だろうが、僕には珍しく立ち止まってじっくり眺めてしまった。

同時にカメも発見したが、残念ながら通称ミドリガメであった。
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城跡 ・ 鳳山懸舊城の横を通り過ぎていく。
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高雄では一番の観光名所・蓮池潭に到着。 ここまでホテルから約8キロであった。
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ハスの間には、かつて一世を風靡した魚が ・・・・・・・・・・
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タイワンドジョウだ!!
30年以上前は関西の野池でも至る所にウジャウジャいたのに何処に行ってしまったんだろう ・・・・・・・・・



高雄市は北緯22度に位置し日本の6月中旬~下旬なみの暑さ。
のどが渇き、気の向くままに朝っぱらから、かき氷屋に寄った。
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黒砂糖八寶元 35元( 121円 ) 日本で食べたら500-600円はするだろう。
黒蜜のかかった氷を掘っていくと、8種類の具 ( 芋餅、サツマイモ、金時豆、その他不詳 ) がたっぷり埋め込まれている。
年をとってくるとイチゴ・メロンなど普通のシロップより、黒蜜のほうが口にあってっくるね。



さらに北上していく。 1階は店舗、その上は高層マンションというパターンの建築物が多い。
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台湾糖業博物館の最寄り駅 ・ MRTレッドライン 「 橋頭糖廠 」 駅付近にたどり着いた。
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この辺まで来ると市街地ではなく、だだ広い野原でMRT(地下鉄)も地上に出て高架になっている。



台湾糖業博物館に到着した。 
現地で購入した地図を見ながらジグザグ走行したので、ホテルから22キロ走行した。
地球の歩き方のアバウトな地図では頼りない。 本格的にサイクリングするなら現地で地図を購入することをお薦めする。
コンビニで300円程度で売っている。
ただ日本の昭文社の地図に比べると微妙に精度が甘い。
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製糖工場本体。
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これを読むと、戦後も稼働しており1998年2月8日に操業停止と書いてある。
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これは整備の行き届いた日本式建築物。
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こちらは屋根がかなり傷んでいる。
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でも異国の地で日本の家を見るとほっとするね!



台湾糖業博物館をじっくり探索したかったが、ブヨの襲来が激しく、そそくさと退散し帰途についた。
とにかく、この季節、ブヨがすごい。 長袖、長パンを持って来るべきであった。

帰り道の途中で偶然立ち寄った食堂。
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チャーハンがメインの食堂であった。
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蝦仁蛋炒飯 ・ 大 60元 ( 207円 ) を注文した。
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実は昨晩、泊まったホテル(華王大飯店)近くの立派な店構えの食堂120元の魯肉炒飯を頼んだが、
御飯がベチャベチャで不味かった。
炊きたての柔らかい御飯を使ったんだろう。

ゴールデンタイムにもかかわらずガラガラなのでヤバいんじゃないかと思ったが、後の祭りであった。
地元の人間は寄りつかず、巨大ホテル・華王大飯店福容大飯店に泊まる中国人と日本人だけであろう。
ということでリベンジでもう一度、炒飯を頼んだがこの店は当たりであった。
台湾では店構えと味は相関しないのではなかろうか。



灼熱の西日を浴びながら帰るが、高雄市は、坂道が皆無で気持ちよく走れた。
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ハンディGPS・eTrex20 に現地地図をインストールできなかったが、
トラックポイントを記録してるので、帰り道で、往きとは違う別の道に迷い込んでも復帰することができた。
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その後は、市の中心部を突き抜け南側にある夢時代購物中心(阪急百貨店も入っている)へ行った。
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最後に公園でひと休み。
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高雄市内は野良犬が多い。
これも高雄市独特のものかと思ったが、
会社の先輩によると、暑いノンビリした国 ( タイやマレーシアなど ) に行くと日常茶飯事で見られる光景とのことであった。



当日の走行ルート

より大きな地図で 4月10日 高雄市サイクリング を表示



◎まとめ
2014年4月10日
走行距離 59.46km
走行時間 4時間45分
平均速度 12.5km/h
最高速度 25.5km/h

今回は高雄市をレンタサイクルした。
日頃、日本で鍛えた健脚を生かし、通常のレンタサイクルを遥かに越える範囲を廻った。
日本人観光客が絶対行かないようなお店に寄ったり、ドブ川で鮮やかな魚を発見したり、
どれもこれもが新鮮な体験であった。
徒歩で観光しても町の空気を感じることはできるが、景色が流れるスピードが遅すぎる。
自転車がちょうどいいんじゃないかな。
台湾では、バイクの右折(日本では左折になる)は赤信号でもOKという
日本では考えられない交通ルールで戸惑うかもしれないが、
ストイックなロード乗りは返上して、時速15キロ前後でノンビリ走れば安全に楽しめるんじゃないかと思う。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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No title

タイワンドジョウ?初めて聞きました!
ローカルな食堂いいですね~見ているだけでワクワクします。
あと、eTrex20、私は欲しいモード入っていますが、原資が無い・・

めがねカッパさんへ

タイワンドジョウ知らなかったですか!!!
関西では30年以上前に釣りの対象魚して流行ったんですよ!
タイワンドジョウを知ってるかどうかは、微妙の年の差なのかもしれせん(笑)
eTrex20もいいですが、Oregon600の方がもっと見やすいですよ!
さらにお金がかかることを言ってすいません。

かつては高雄が首都

こんにちは。

総督府があるくらいですから、日本統治時代は
台北が中心地だったのだと思い込んでいました。

kyon2さまへ

kyon2さん、すいません。

これは、僕が間違ってるみたいです。

実は、先日、僕の両親(昭和一桁生まれ)が、当時の学校の教科書に台湾の首都は高雄(タカオ)と書いてあったと聞いたので、
「 台湾の首都は高雄であった 」 と書いてしまいました。

今、調べてみると、おっしゃる通り日本統治時代は
総督府は台北にありますよね。
だから、やはり第二次世界大戦終了までの
台湾の首都は台北の可能性が高いですねよね。

行政の中心=首都と捕らえれば

「高雄」は商業都市でしかなかったでしょうね。
日本で言えば「神戸や横浜」という位置付けかな。
街としての発展のきっかけは天津条約 によって
1864年に対外開港されたことだそうですから
歴史的にも150年ほど。それまでは漁港だった
みたいです。

なお、台北に中華民国の各中央政府機関が
移転(逃避?)設置されたのは1949年12月というのが
定説のようです。

kyon2さまへ

> 「高雄」は商業都市でしかなかったでしょうね。
日本で言えば「神戸や横浜」という位置付けかな。
街としての発展のきっかけは天津条約 によって
1864年に対外開港されたことだそうですから
歴史的にも150年ほど。それまでは漁港だった
みたいです。

そういうことなんですね。
僕の早とちりで逆に教えていただきありがとうございました。
てっきり、蒋介石が台北に陣取って
首都・台北を作ったと思い込んでました。

ブログの文章の方も訂正させてくださいね!

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